どうやったら質問を思いつけるの?

どうやったら卒研を失敗できるか:他人の話を聞くのをやめるでいただいた、人の話を聞いた際の疑問・質問の抱き方のコツがあれば教えて欲しいという依頼に対しての私なりの回答。

まとめ

  • 質問を発するためには、以下の2つのステップを踏む
    • 「情報の欠落に気づく」
    • 「欠落している情報を明確化する」
  • 情報の欠落に気づくためには、話題になっている事柄の知識(一般常識、専門知識)と話題の伝え方に関する知識(プレゼンテーション技術、批判的読み方、論理的思考法)が必要
  • 欠落している情報を明確化するためには語彙、質問の型、経験が必要
  • 情報の欠落に対する感度を挙げる方法
    1. 話題の伝え方に関する知識を増やすために、プレゼンテーション、批判的読書法(クリティカルリーディング)、論理的思考法(ロジカルシンキング)に関する本を読む
    2. 気づいた欠落している情報をメモするために、講演、授業、ミーティングの際はメモ帳と筆記用具を必ず用意する癖をつける
  • 欠落している情報を明確化しやすくするための方法
    1. 自分の思考や感情を言語化する訓練をするために、時事ニュースに対してニュースのまとめ+そのニュースに感じた自分の感想や意見をTwitterやブログ、SNS、あるいは日記に書き綴る
    2. 自分の考えを明確化するための質問の型を増やすために、自分が感心した質問の仕方をパクる(コレクションする)
    3. 質問の経験を積むために、自分が参加する講演、授業、ミーティングでは必ず*個質問をするようにする
  • 質問が思いつくこと、質問を口にだすこと、発した質問が適切であること、質問に回答してもらえることはそれぞれ別々のことなので、一度に全部を達成しようとしてあせらないこと

はじめに

どうやったら卒研を失敗できるか:他人の話を聞くのをやめるに以下のコメントを頂いた。

正に今の自分そのものが書かれていて胸に突き刺さりました。

自分の場合、何が分からなくて何を質問したらいいのかすら分からず、言われた通りに進めた結果失敗した上、教えて貰ったことも全くものにできず、先輩との仲が完全に冷え切りました。今では挨拶すら返してもらえず、軽度の欝を患い通院中です。

自業自得といえばそれまでですが、それでもなんとかやり直したいと考えてます。出来るかどうかは別として、ですが。来年度こそまともな成果が出せればと思う反面、まずどうすればいいのかが分からなくて悩んでます。

具体的な質問のやり方ではなく、人の話を聞いた際の疑問・質問の抱き方のコツがあれば教えて頂きたく。

どうやったら卒研を失敗できるか:他人の話を聞くのをやめるのコメント

「具体的な質問のやり方ではなく、人の話を聞いた際の疑問・質問の抱き方のコツがあれば教えて頂きたく」への回答は多分、教育工学や協調学習の分野の人たちが研究しているところだと思うけれども、私なりに考えてまとめてみたいと思う。

質問が思いつかないのはあなただけではない

実は「質問が思いつかない」、「質問ができない」というのは最近の大学生の多くが抱えている悩み。

さらにいえば、戦後の日本の義務教育を受けた人はほぼ共有している悩みでもある。原因は、大学3年生までの教育(卒研以前)までは、自分の意見をねほりはほり尋ねられたり、分かるように説明しなければならないという経験に圧倒的にかけているという点にある。

運動でも同じだけど、日常生活で必要とされないものはトレーニングしなければ身につかない。質問を思いつくというのも技能なので、訓練が不十分であるならば、質問を思いつけなくてもいたしかたない。

質問が思いつくとはどういうことか?

私の考えでは、質問を発するためには、以下の2つのステップが必要だと思う。

  • 「情報の欠落に気づく」
  • 「欠落している情報を明確化する」

疑問を抱くというのは、今、話題になっていることにおいて何かしらの情報の欠落に気づくことだと思う。文章を書くとき、あるいは発表をするときの基本として 5W1H(What, Why, Who, When, Where, How)を忘れるなとよくいわれるが、これは物事を伝えるときに、これらが欠落していると聞き手が理解できなくなるからだ。5W1Hは話題を理解するための代表的な要素であるけれども、実際には、よりさまざまな要素がそろって初めて我々は話題を理解できる。疑問というのは、話題を理解するため、あるいは、あなたが何かしらの判断を下すために必要な情報の欠落を埋めるもの。

ただし、この段階では、「あれ、おかしい」とか「全然、わからん」とか「もやもやする」などの感覚的なものでとらえられることが多いと思う。ところが、この感覚的な疑問(疑念といったほうが良いかもしれないけど)のままだと、自分が何の情報を求めているのかが自分自身でわからない。ちゃんと明確化してあげる必要がある。

情報の欠落に気づき、その後、それを明確化することで、初めて質問が思いつくという状態になる。

情報の欠落に気づくためには何が必要か?

研究能力の発達段階にも書いたことがあるけど、研究室配属当初の自分を思い返して見ると、今と比べて質問の適切さが足りなかったと思う。具体的に言うと、先生から指導してもらった内容に何の疑問も抱かなかった。自分の研究テーマに徐々に親しむにつれ、あるいは自分の思考の癖(すなわち、何を知らないと理解できないのか)に徐々に気がつくにつれ、先生から指導してもらっている内容について疑問が生じ、質問できるようになった。良く言う「知れば知るほど、自分が知らないことばかりであるということに気づく」というやつ。つまり、話題に関する知識によって、情報の欠落に気づくようになった。

一方で、助教として着任して5年目。毎年、修士論文審査会と卒業論文審査会にでていると、全然、自分と異なる分野の発表を聞かなければならないことがある。自分はその分野のことを全然知らないのにも関わらず、私は質問をできている。また、国際会議に参加したとき、英語の発表だと、私は発表者の話の5割ぐらいしか聞き取れない。しかも、自分の研究分野とは違うときが多い。でも、私は「〜がわからない」と感じ質問できている。どうして、そんなことができているのかというと、私は研究成果発表の型を良く知っており、研究のテーマを問わず、成果発表の際にはその型どおりに発表しないといけないということも知っているため。細かい話はブラックボックス化(発表者の主張をとりあえず受け入れる)して聞き、「何をしたか(What)」、「なぜ、それをする必要があるのか(Why)」、そして「結果として何が得られたか」だけをきっちり聞く。これらが説明不足だったり、「何をしたか(What)」と「なぜ、それをする必要があるのか(Why)」が関係なかったり、「何をしたか(What)」と「結果として何が得られたか」が関係なかったりしたらそれを質問している。これは、内容よりも、形式や話の筋の知識によって、情報の欠落にきづいているということ。

まとめると情報の欠落に気づくためには、話題に関する知識と話題の伝え方に関する知識が必要だと思う。話題に関する知識は、一般的知識(基礎的知識)と専門知識に分かれる。一般的知識は主に義務教育期間中に学ぶ知識と一般常識(と言われる社会に関する知識)から成り立ち、専門知識はある分野の人でないと知らない知識。話題の伝えかたに関する知識は、話題の伝える媒体によっていろいろあるけれども、ある程度体系化されているのは、論理的思考(ロジカルシンキング)、プレゼンテーション技術、批判的読書法(クリティカルリーディング)など。

欠落している情報を明確化するためには何が必要か?

話題に関して、何か疑問を抱いたとしてもそれをすぐに質問にできるわけではない。テレパシー能力を持たない我々にとって、疑問は言葉に変換して質問文として相手にぶつけないといけない。

学生指導をしていて気づいたのだけど、質問が苦手な学生の特徴の一つにメモをとる習慣がないというのが挙げられる。銀河英雄伝説ヤン・ウェンリー曰く「本当に重要なことは忘れないから、メモなどとる必要はない」。だけど、創造的な仕事をする人は経験的にわかるとおり、アイデアというのは思いついたらすぐにひっつかんで確保しないと光の速さで過ぎ去ってしまう。疑問も同じ。「線形代数における固有値って何の役に立つんだろう?」という素朴な疑問は、多分、人生において本当に重要な事柄ではない。なので、忘れないとは言えない。たぶん、お昼に「何たべよっかな?」と考え始めた瞬間忘れて、次の線形代数の授業まで思い出せない。

よって、欠落している情報を明確化するためには、自分が情報の欠落に気づいたという事実を書き留めている必要がある。

また、質問が苦手な学生の別の特徴として、語彙が貧困、あるいは、質問のバリエーションが少ないということが挙げられる。質問の型をいくつか持っておくと便利でもあるように「よくわからない」「これは何ですか」「分からないことが分かりません」「何かもやします」などしか状況の説明ができない、あるいは、質問ができない。何の情報が欠落しているのかがはっきりと言語化できなければ、質問文として相手に示すことができない。「私は何の情報がかけていると気づいたので、『もやもやしている』のだろう?」という認識ができなければ、感覚的な気持ち悪さから先にはすすめない。

私たちは、案外「語彙」に思考を制限されている。聖書で「初めに言葉有りき」と言われているのは伊達じゃない。語彙が少なければ本当は異なることなのに、言語化すると同じ表現になってしまい同じことをぐるぐるずっと考えてしまうことになる。また、語彙だけでなく、適切に考えを言葉にするための手助けも必要。具体的にいうと質問のテンプレートをどれくらいもっているのかということ。何となく覚える違和感を一発で適切な語彙に当てはめるのは至難の技、自問自答、試行錯誤しながら徐々に適切な語彙を探っていくのが普通。このときの手助けが質問のテンプレート。

よって、欠落している情報を明確化するためには、語彙と質問のテンプレートが必要となる。

語彙と質問のテンプレートは学ばなければ増えない。語彙と質問のテンプレートを学ぼうという意欲は、自分が欠落している情報を明確化できなかった経験によって与えられる。なので、欠落している情報を明確化することに取り組んだ経験が必要となる。

情報の欠落に対する感度をあげる方法

情報の欠落に対する感度を挙げるためには、話題に関する知識と話題の伝え方に関する知識を増やすことが重要だけど、すべての話題に関する知識をあらかじめ用意しておくのは無理。そこで、まずは話題の伝え方に関する知識を増やすことを目的とした方が良い。

話題の伝え方に関する知識を増やすてっとり早い方法は、プレゼンテーション、批判的読書法(クリティカルリーディング)、論理的思考法(ロジカルシンキング)に関する本を読むこと。本屋や図書館のビジネス本のコーナーがこれらの本であふれている理由は、これらの技術が汎用的であるため。先人が蓄積した知識を思う存分使いこなそう。

これらの本では「この伝え方からはずれると、情報の欠落が発生する」ということを学ぶ。「うまく伝えるためにはこうしたら良い」ということは、相手がそうしていなければ、うまく伝わりにくいということなので、そのうまくできていない点に注意すれば、情報の欠落に気がつきやすくなる。

また、一回読んで理解できなくてもへこたれないことが重要。一度で分からなければ五度読めばよいだけの話。お金に余裕があるなら、本を購入し、ラインマーカーで自分が重要だと思うところにラインをひきながら読むと再読のときに楽になる。購入した本(特にHow To系)は自分が使いこなしてこそ価値がある。綺麗に残しておいたって、古本屋では二束三文なんだから、書き込み、線引き、ページ折などを駆使して使いこなそう。当然のことながら、図書館で借りた本はそんなことしちゃダメ。

論理的思考に関しては、小野田 博一:論理的に書く方法―説得力ある文章表現が身につくは絶版のようだけどおすすめ。読んだことないけど、同じ著者なので小野田 博一:論理的に考える方法―本質への筋道が読めるも大丈夫だと思う。伊勢田 哲治:哲学思考トレーニングも良い。発表については、一番シンプルな研究系の発表をベースにしたほうが良いと思う。ビジネス系は人の感情をコントロールする技術を含めているので「質問が思いつくようになる」という観点からすると盛り込み過ぎ。理系のための口頭発表術が短くておすすめ。

批判的読書法については良い本を知らないけど、スタディスキルズ―卒研・卒論から博士論文まで、研究生活サバイバルガイド の一節に要点がまとめられている。私なりに言い換えると「本に読まされるのではなく、本を読む」のが批判的読書法。あなたが、本の中から必要なことを見つけるのであって、本の著者の主張をあなたが丸飲みするのが読書ではないとうこと。主人はあなた、本はあなたに知識を届ける使用人。

また、気づいた欠落している情報をメモするために、講演、授業、ミーティングの際はメモ帳と筆記用具を必ず用意する癖をつけよう。あなたのまわりで良く質問する人をちょっと観察して欲しいのだけど、彼らはたいてい講演中、授業中、ミーティング中にメモをとっている。かれらは、中学や高校のときのように講演や授業の要旨をまとめているのではなく、聞いていてわからなかったこと、あとで尋ねたいこと、違和感を覚えたところをメモしている。メモは文である必要はなく、単語と記号で十分。たとえば、「Webでデータベース?」とか「ソーシャルネットワークと何がちがう?」とかで十分。人間の脳は案外よくできていて、1日ぐらいなら、こういうメモから何を考えていたのかを思い出せる(数日後に思い出す場合は、ちゃんと文章化しておかないと無理)。

ちなみに私は、100円ショップなどでクリップボードこんなの)を購入し、これにコピーの裏紙を挟んでメモ帳代わりにしている。どうせ、コピーの裏紙なので自由に適当に書いて、必要だったらパソコンやノートに書き写し、必要でなければそのまま資源ごみにする。うちの研究室の学生はみんなクリップボードを買って同じようにしている。携帯性にこだわるなら、Rohodiaが破るときに気持ちよいのでおすすめ。

最後に専門知識や一般知識は徐々に増やすしかない。

欠落している情報を明確化しやすくするための方法

欠落している情報を明確化しやすくするには、語彙を増やすことと、自分の思考や感情を言語化する訓練を積む必要がある。

私たちは自分の思考や感情をでたらめな言葉を使ってなんとなく把握している。まずはこれに気づくことが肝心。どうやって気づくかといえば、自分の思考や感情を文章に書き出して見るしかない。でも、特にお題がないと書き出すモチベーションがわかないので、時事ニュースに対して自分がどう考えているのか、どういう感じを持っているのかを書いてみることにしてみたらよい。内容は、ニュースの概略とそのニュースに感じた自分の感想や意見をという形式にしたらよい。これは、事実と主張をかき分ける訓練にもなるので卒論へ向けた訓練としても効果があると思う。せっかくだから、Twitterやブログ、SNSに書いておけばいろいろな意見がもらえるので張り合いがでるかもしれない。ただし、公開時にはちょっと注意が必要。詳しくは学生がはてなダイアリーを使うときに気をつけるべきことを参照。公開するのが嫌ならば、日記としてこれを行えば良い。

これを続けていくと「自分の考えをまとめるのは難しい」とか「あれ?わたしって結構いろいろなことに意見をもっているんだなぁ」とか「自分はこういう系統の話が嫌いなんだな」などと自分自身を知ることができるので結構おもしろい。

また、自分の考えを明確化するための質問の型を増やすために、自分が感心した質問の仕方をパクる(コレクションする)のも良い。万能な質問というものはないので、自分が明確にしたいことに適した質問を使うと、何の情報が欠落しているのかを見つけやすい。たとえば、私のコレクションはこちらにまとめてある。質問の型をいくつか持っておくと便利一匹狼のための一人Q&A大会

最後に、質問の経験を積むために、自分が参加する講演、授業、ミーティングでは「必ず*個質問をする」と決めて臨むことをおすすめする。あくまでも個人的経験からだけど、「必ず何かしら質問する」というつもりで話を聞く場合と「わからないことがあったら質問しよう」というつもりで話を聞く場合では、前者の方がより人の話を深く聞くことができるように思う。理由は、質問するために話の筋や情報の欠落を意識するから。たぶん、最初はつまらない質問、あるいは何を尋いているのかわからない質問しかできないと思うけど、経験を積むにつれて、欠落している情報を的確に言語化できるようになるので、良い質問ができるようになっていくはず。日常生活でこれを実行するといやがられるので、研究室のゼミや講演会、授業などで実行すると良い。

質問を思いつけるようになったあとは?

質問が思いつくこと、質問を口にだすこと、発した質問が適切であること、質問に回答してもらえることはそれぞれ別々のことなので、一度に全部を達成しようとしてあせらない。そうじゃないと、自己嫌悪に陥ってしまう。

質問を思いついた以降については以前エントリーでいろいろと書いたので参考にして欲しい。

おわりに

我ながら分析や説明がいまいちだけれども、今現在の私の知識と経験からいうとこれが限界。以上、お役にたてれば幸い。

追記

  • kkobayashi 「欠落を見つける」みたいな観点で話を聞くのは嫌だなあ。間違い探しみたい。

説明不足でごめんなさい。「情報の欠落」は受け手の必要とする情報の欠落ですから、必ずしも伝え手側が悪いわけではありません。私たちは情報の処理方法が一人一人違いますから、同じ話を聞いても必要とする情報が違います。たとえば、近所のスーパーの話をするときに住所さえ聞ければ場所の把握ができる人と最寄りのランドマークからの道順まで説明されないとわからない人では、何の情報を欠落しているとみなすのかが異なります。

「情報の欠落に気づく」というのはどちらかといえば、相手の話を丹念に追うというよりも、自分が相手の話をどう理解しているのかを丹念に追うというところに主眼を置いています。

リンク:OKWave:この3月に博士卒ですが就活は遅いですか?

この3月に博士卒ですが就活は遅いですか?
この3月に理系の博士号を取得する予定のものです。
つい最近までは学者の道に進むつもりでいたのですが、とりまく環境の変化で就職を行うことにしました。ですが、学位取得のために集中しなくてはならず、これまで就活は全く行うことができませんでした。加えて就職という人生の選択を全く考えていなかったために、なにから行っていいのかもよく分かっていない状況です。来年度一年間はアルバイトをしながら就職活動を行い再来年度より就職できればと考えています。そこで質問です。

標準年限(学部4年、修士2年、博士3年)どおりの卒業だとすると、新卒採用の枠からはずれるので基本的に中途採用扱いになる。中途採用扱いならば、年の途中でも採用してくれるところが多いので就職だけを考えれば時期にこだわる必要はそれほどない(修士修了や学部卒業ほどはこだわる必要がない)。もちろん、経歴の空白を気にする企業もあると思うが、既に博士課程に進んでいるので、そこをあんまり気にしてもしょうがないと思う。博士修了後の就職が厳しいのはみんな知っていることだし。

転職エージェントを使って就職活動するのも良いと思う。

まともに卒業研究をしている学科・専攻は安泰

漢字が読めない書けない、ことわざの意味を知らない、歴史を学ばない、勉強時間は中国人の半分、大学の教科書はマンガ、年間に一冊も本を読まない国民がなんと3000万人。そして何より働かない。途上国からもバカにされる学力と国力。

この記事の内容が正しく現状を表しているとするならば、まともに卒業研究をしている学科や専攻は安泰。ブランド力を十分に維持できる。

「コピペルナー」と名づけられたこのソフトを使えば、学生から提出された論文やレポートが、インターネット上から「コピペ」されたものであるかどうかを判別できるのだという。たとえ学生が文中の一部を書き換えていたとしても、全体の何割がコピペで構成されているかがわかるようになっている優れものだ。

昨年12月、教育機関を対象に販売されたこのソフトは、卒業論文提出期限を間近に控え、大学から注文が殺到しているという。

東京大学京都大学の教授からも『早くウチにも欲しい!』という声がありますから、コピペ問題は一流大学においても無縁ではないようです。ただ、これは大学教授のために開発したのではなく、あくまで学生のために開発したものです。

実験、製作・開発、フィールドワークなどの実際の行動を伴う卒業研究においては、コピペ問題など発生しない。どうしてかといえば、学生の行動を見ていればその卒業論文を書けるかどうかは簡単に把握できるため。仮に、学生が卒論執筆代行者に適宜データを送っていたとしても、それはほとんど卒業論文を書くのと同じくらいの労力を費やしていることに他ならないので、うまく騙しきれるならばそれはそれでかまわない(全然、依頼する学生は全く楽できていないのでお金の払い損)。

しかも、普段のゼミでの発表やメールや他の文書でのやり取りをみれば、学生の日本語能力や専門知識の量はだいたい把握できるので、その把握しているレベルを超えてくる文書を書いたのならば大体分かるはず(少なくとも違和感を覚えるはず)。あとは、何回か修正させたり、口頭で質問したりすればすぐに見破れる。

リンク先の記事では、他にも一般常識とされる事柄を知っていないことや、授業評価アンケートで大学があまりにもサービス業よりになっていることを憂いているけど、この点についてもまともな卒業研究をちゃんと終えてきた学生ならば特に問題なくクリアーできている。

卒業研究は、知らないことだらけの状態から始まり、自分でどんどん必要とする知識を増やして何とか終わらせるものなので、批判的読書法や検索エンジンや図書館を利用した情報検索の基礎は必ず習得している。少なくとも、リンク先の記事で憂えられている程度のことならば調べられる。

また、卒業研究は論文を執筆する学生が仕事を進めない限り、誰も代わりに実験や製作・開発、フィールドワークを進めてくれないので、学生は「お客様」として振舞えない。なんせ、サービス提供主が自分自身を除いていない。

記事では「優秀な」留学生の談話が載っているけど、私の周りにいる留学生は日本人学生と大差ない。まじめな子はちゃんと勉強するし、ふまじめな子は大学にこない。それが発展途上の中央アジアからの留学生であっても同じ。国費留学生は比較的勉強するけど(選抜があるので)私費留学生は当たりはずれが多い印象。

書き散らかしてしまったけど、無理やりまとめる。

卒業研究に苦しんでいる/苦しんでいたみなさまに置かれまして、ぜひ、自信を持ってください。どうやら、みなさまの周りの学生はびっくりするほど知識や技術を身につけていないようです。ぜひ、ご自身の優位を生かしてください。

今、大学1〜3年生のみなさん、あなたの所属学科・専攻で卒業研究がまともに実施されているようでしたら、ラッキーです。企業も節穴ではありませんから、周りがリンク先記事のようにひどい学生ばかりなら、必ずあなたの所属学科・専攻の学生を取りたいと思っていることでしょう。勉学に励んでください。

受験生のみなさん。リンク先の記事が本当なら、まともな卒業研究を実施しないような学科や専攻に進んでもなーんも価値がないようですよ。理学部、工学部、農学部はまともな卒業研究を実施する傾向にあります、こちらの学部・学科を選んでみてはいかがでしょう?せっかく高い授業料払って大学でたのに、リンク先の記事ように扱われたら嫌じゃないですか?

補足:まともな卒業研究とは?

私の考えるまともな卒業研究とは以下のものです。

  1. 扱う問題自体は研究テーマと成りえる、あるいは、研究テーマと成りえる問題の一部であること
  2. どんなに小さいものだったとしても、研究遂行時に試行錯誤が発生する
    • 既に正解が分かっているテーマは、単なる演習、あるいは、追試。
  3. 卒業研究および論文がある一定以上の品質でなければ、指導教員からやり直しが命じられる
  4. 成果発表会である程度の基準をクリアしないと、再発表あるいは卒業の取りやめを命じられる
    • どんな粗末なものでも形式だけ整えれば良いでは、研究の基本的技術を学べないので無意味

指導教員(あるいは指導教員に命じられた上級生)による卒業研究の過程の管理と評価がない卒業研究はまともな卒業研究とはいえません。

02月10日 のつぶやき

  • 12:29  卒論発表を卒業研究や研究に言い換えるとまさにぴったりなワード。行って戻って、どんどんスタートラインから遠くへ向かっていく。しかも、しんどい。でも、走り終えると達成感がある。 QT .@funa1g この卒論発表何かに似てると思ってたけど、あれだな、スポーツテストのシャトルランだ
  • 12:34  でも、プログラマからするとDBが重要でRDBは方便。 QT .@taroleo SQLで書きにくいアプリケーションは多いのでno SQLというのはよくわかるのだけれど、それをno RDBと言ってしまうと、relational modelの汎用さに気づいていない発言のように思います
  • 13:37  「具体的な質問のやり方ではなく、人の話を聞いた際の疑問・質問の抱き方のコツ」か、言い換えると、「どういうメカニズムで私next49は人の話を聞いているときに質問を思いついているか」か。うーん。
  • 16:00  田中 秀臣:不謹慎な経済学 @jyussy 【募集】当方法律を勉強している者なのですが春休みということで法に関係ない本を30冊読もうと考えてます!
  • 16:00  ジェームス W.ヤング:アイデアのつくり方 @jyussy 【募集】当方法律を勉強している者なのですが春休みということで法に関係ない本を30冊読もうと考えてます!
  • 16:01  ジャレド・ダイアモンド:銃・病原菌・鉄 @jyussy 【募集】当方法律を勉強している者なのですが春休みということで法に関係ない本を30冊読もうと考えてます!
  • 16:02  ビル ブライソン:人類が知っていることすべての短い歴史 @jyussy 【募集】当方法律を勉強している者なのですが春休みということで法に関係ない本を30冊読もうと考えてます!
  • 16:04  ぜひ、読んだ感想を教えてください。 @yusmi 昨日紹介しておられた書籍をいくつか購入しました。どんどんオススメを教えていただけると嬉しいです。
  • 16:05  昨日、結果と考察の違いを調べておいてよかった。さっそく、指導中の卒論で混乱しているのを発見できた。でも、これをなおさせるのはしんどい。
  • 21:42  クヌース先生の後継者ですね。頼もしい! @taka_mi 来年以降の4年でTeX書きたいなんて言うやつがいるかも知れないから,readme的なものを用意しておこうかな.需要があるかは分からないけど.
  • 21:58  全然知識が足りない学生に発表資料をどう直せば良いのかを伝えるのは本当に難しい。
  • 21:59  なので、自習してもらうことに。今週中に私が指導できるレベルになれれば、卒業。そうでなければ、また4月に会いましょう。
  • 22:00  ボスも内定先会社の人事部長にお詫びの手紙書く覚悟完了済みだし。一応大学だから、あんまりな人材を社会に送りだせないもんね。
  • 23:20  人の話を聞いているときに質問を見つける基本は、メモ帳&筆記用具を用意して、疑問点を思いついた段階でメモしておくこと。「質問ができない」という人は本当は疑問を抱いているのだけど、それを忘れちゃっているんだと思う。
  • 23:44  「何が分からないのか分からない」というのは、いくつかの状態がある
  • 23:46  その1:理解はできるが納得はできない。でも、どうして納得ができないのかは言葉にできない。このケースの場合は、違和感はある。でも、どうして違和感を感じるのかを言葉にできないケース。とりあえず、自分の理解とその理解から感じる自分の感情を文章化すればいずれ質問が見つかる。
  • 23:48  その2:特に質問が浮かばない。ある前提の下で話を展開するとき、その前提を受け入れるならば、うしろの話は理屈上そうなるよねと納得するとき。違和感はない。疑問を抱くとしたら「その前提は妥当かどうか」ぐらい。分からないところはないので「何が分からないのか分からない」状態でも別に問題ない
  • 23:52  その2の補足:説明を受けているときは特に疑問がなかったけど、あとで自分で筋を追ってみると疑問がでる場合がある。緊張して思考力が落ちていたり、以前受けた説明をちょびっと忘れたり、説明を誤って理解していたりしたときに起こる。
  • 23:53  その3:話を理解できていない。これは「何がわからないのかわからない」のでなく、「分からないことがありすぎて、列挙しきれない」というのが正しい。一つ一つの言葉の意味、概念の定義を調べていく必要がある。
  • 23:54  その4:興味がないので頭に入ってこない。これは、単に話を聞いていないということ。別に何か分からないことがあるからわからないのではなく、そもそも話を聞いていない。
  • 23:55  他に「何がわからないのかわからない」という状態があり得るかな?

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